平泉の中尊寺の見どころは?春と秋の藤原まつりは要チェック!
奥州平泉の、世界遺産群の中心をなすのがこの
「中尊寺」
です。
金色堂は、この中尊寺からちょと行った先になります。
その先には、野外の能楽堂(白山神社)があります。
日本の世界遺産の中では、最も観光が盛んでアクティブな場所・・そんな感じがする観光名所です。
世界遺産と聞けば、まず一度は行ってみたい・・そんな感情を持つ方は、たくさんいらっしゃると思います。
私も、勿論そうです。
が‥しかし・・このほぼ私の地元に近い場所の、中尊寺がまさかの世界遺産になるとは、驚いたものです。
(管理人撮影)
目次
世界遺産平泉での中尊寺の位置づけは?
世界遺産中尊寺での、位置づけはまさにその中心そのもの。
きっかけはやはり、中尊寺の敷地内のある
「金色堂」
かと。
この豪華絢爛な、金装飾を施した伽藍は、見る者を圧倒します。
これが世界遺産でなくて、なんとする・・そんな印象です。
まず見なくては、何も語れないかと。
(管理人撮影)
中尊寺の歴史
中尊寺は、毛越寺と気を同じくした「850年」(嘉祥3年)に比叡山の高層の
「慈覚大師円仁」
によって、開山されたとあります。
途中、災禍に何度も会いながら、奥州平泉の覇者
「藤原清衡公」
が長治2年(1105年)にこの関山という地に、中尊寺を建立。
その規模ですが、
寺塔400余り、禅房300余りと言いますから、すごい規模です・・・が・・
毛越寺は、その2代藤原基衡公によって、建立されましたが、そちらは3代の秀衡公にまで及んで、かくかくの数が100余り多いようです。
同じ藤原3代でも、しのぎを削って栄華を競った・・そんなことかと。
奥州平泉ってどんだけ栄えたの?
翁主婦藤原3代の、基幹での栄華は、素晴らしいものだったようです。
(管理人撮影)
人口は、推定ですが、約
「10万人」
もいたんだそうな。
当時の日本で、人口が10万人を超えていた都市と言ったら、他には御所がある
「京都」
しかなかったそうですから、どんだけすごいか?
想像できようかと。
初代の「藤原清衡公」は、特に「京都」を意識していたようで、街の中にお~よそにつかない、住所が結構あります。
例えば「祇園」という地名があるんですよ~~
これは驚きです。それと
「大文字焼き」
此れなんかは、京都を模倣した祭りの差異たるものかと。
毎夏の盆の時期に、中尊寺の向いの「束稲山」に、「大」に文字を浮かび上がらせて焼きます。
規模は圧倒的に小さいですが・・
この「束稲山」ですが、昔は、最高の桜の名所だったようです。
(管理人撮影)
中尊寺の、東展望台のちょっと脇に、西行法師の碑が立ってます。
「ききもせず 束稲山のさくら花 よし野のほかに かかるべしとは」
吉野のほかに、こんな桜の名所があるとは、想像だにしなかった・・
なんていう思いで、この歌を詠んだ?
のかもしれないですね。
それから松尾芭蕉が、ここを訪れて詠んだ歌は
「五月雨の 降り残してや 光堂」
ですね~~
これは金色堂を見て詠んだようです。
現在の金色堂の、奥の横に松尾芭蕉の銅像が建っています。
歌碑と一緒に。
中尊寺の年間行事は?
中尊寺の年間行事は、すでに一年間決まってるようです。
毎年同じようなものですが、私が気になるというか、ここは一大イベント・・
そういうものを紹介します。
- 1:源義経公東下り行列
2:中尊寺薪能
大きいのはこの二つ。
1の東下りは、春の5月の大型連休の期間に行われます。
これは中尊寺の行事というよりは、奥州平泉の行事です。
随分前ですが「タッキー」の時は何と~~
「20万人越」
だったそうな。
まさに大渋滞!!
今年2017年の「源義経」の役は「横浜流星」さんだったようです。
まあ~~一年で一番の、大渋滞の期間であることは、間違いないかと。
行くときは、ぜひ電車で行くことをお勧めします。
(管理人撮影)
2の薪能は、8月に開催されます。
観覧料金は、結構します。
昔は、ただの時期がありましたし、私が20代の時(数十年前)の時は確か「3000円」で見れました。
開催場所は、中尊寺奥の
「白山神社」
の野外能楽堂です。
今年、屋根ののかやぶきを吹き替えて、刷新しました。
なんで高くなった?
元々は、ここの僧侶の方が舞っていたらしいのですが、最近はやはり世界遺産で、それなりの方が舞っているからです。
観世流、喜多流・・などなど・・そりゃあ3000円では・・ちょっとですね。
大きくは
- 「春の藤原まつり」
「秋の藤原まつり」
として、いろんなイベントが開催されます。
当ブログで、都度紹介していこうと思います。
世界遺産中尊寺の見どころまとめ
奥州平泉の世界遺産群の中で、その中心的な存在がこの
「中尊寺」
を中心にしたエリアです。
(管理人撮影)
勿論中尊寺といえば、世界遺産平泉といえば、sの象徴は
「金色堂」
ですが、その金色堂も同じ中尊寺の敷地エリアに、存在します。
最近、秘書の方の話題が、ネットで出ていた
「瀬戸内寂聴」
さんが、出家の儀式「得度式」を行ったのがここ
「中尊寺」
です。
そしてその、瀬戸内さんの髪に剃刀を入れたのが何と~~
「今東光」
さんです。
今東光さんは、一時期この中尊寺の一番偉い方・・なんて言うんでしょうか?
「貫主」
ですね・・多分。
だったんです。
勿論、作家仲間でもあったわけですから、そういう因縁もあったんだと思いますが・・
平泉中尊寺の観光は紅葉の時期がおすすめ!見頃の時期と写真画像紹介!
さてこれから、このブログで、中尊寺はどんどん書いていこうと思います。
勿論、その季節の写真も交えていきますので、こういうところ・・こういう風景のところ・・というイメージですね。
少しでも、中尊寺観光の手助けになれば、いいかと思います。